• ティティの物語 第1話

    ティティの物語 第1話

    動物たちと暮らし、彼らにはそれぞれの物語があることに気がつかされました。彼らの声なき声に耳を傾け、動物たちと共に暮らせるとしたらどんなに幸せなことだろうと思います。

    サラブレッドのティティは2019年3月17日に北海道のどこかの牧場で産まれました。

    ティティの体型では競走馬としては役に立たないことから生後1ヶ月で母親から離され、獣医学部のある大学病院に引き渡されました。解剖実習で使うにはあまりにも小さく可愛いティティを、大学の先生がどうにか生きる方法はないかと、彼女の行き先を探していました。

    私が孤児のティティにはじめて会ったのは2019年6月8日。大学病院でティティをお世話をしている先生と学生さんから、あと1ヶ月ほどで彼女の行き先が見つからなければ、薬殺をしなければならないと聞かされました。そこでは入院していた仔牛と小さな馬房の中だけの暮らし、仔牛からの感染症をもらい皮膚はボロボロになっていたけれど、ティティはとても小さく無邪気で愛嬌たっぷりに人間を信頼しているように見えました。

    この当時、私は馬のことを学び始めて4年ほど、仔馬を育てたことなどまるでなく、馬を飼えるような土地も持っていませんでした。

    ティティに会ってからの私は落ち着きませんでした。私が気にしなくてもきっと仔馬には行き先が見つかって幸せに暮らすだろうと考える日もあれば、もしかしたら彼女は殺されてしまうかもしれないと心配で寝付けない日もありました。

    馬に関わる仕事をしている人の何人かに相談しましたが、母馬がいない仔馬を育てるのはとても難しいから勧められないとか、サラブレッドは扱うのが大変だからやめた方がいい、日本では年間にたくさんの馬が食用に殺されているのに一頭を助けてもどうにもならないなどと言われました。確かにこの仔馬が生きても死んでも何かが変わるのでしょうか。どこかで毎日起きていることを私は今まで考えたこともありませんでした。

    私は本当にこの仔馬を助けても何もならないだろうか、と考えるようになりました。この仔馬一頭の命を助けても世界は変わらないかもしれない。しかしこの仔馬の世界は大きく変わるかもしれないと思うようになりました。気が付いたら私は仔馬のティティが生涯安全に暮らせる牧場を探していました。

    母馬がいないことに起因する苦労をこの仔馬にできるだけかけないように、そして元気に暮らしてもらいたいとの思いから、仔馬にあげるミルクについて、飼料について、体調チェックの仕方、母馬がいない代わりに何を気をつけなけてあげるといいのかなど、私は初めてのことを急いで吸収しようと躍起になっていました。

    2019年6月28日、驚くほどの偶然と幸運が重なり、孤児のティティは終の住処を約束された少し変わった牧場に移動することとなりました。ティティと私はこの少し変わった牧場で2023年3月までの間に数えきれない経験をしました。このたくさんの記憶はこれから少しずつ書き出してみようと思います。

    2023年3月、つまりはティティにとって終の住処と約束された場所からティティは出ていかなくてはなりませんでした。

    血統もわからず、未熟に産まれ、脚の形も良くないため乗用馬に向かないティティは、日本の中では繁殖の用途として仔馬を産めるまで産み、馬肉として処分されることが一般的です。それでも繁殖牝馬として生きていられる期間が伸びるだけ幸せなのか…それなら貰い手があるだろうから、譲渡してしまおう。

    いや、違う違う!仔馬生産マシーンとして消費され、最後に怖い思いをして殺されるより、もっと幸せになったっていい!たまたま馬として産まれ、人を信頼して苦楽を共にしたティティと、そしていつか他の馬たちも、その最後まで一緒に楽しく笑って暮らせるような場所を作ろう。

    この先のティティの物語はまたいつか。